『生体電気信号とはなにか 神経とシナプスの科学』

杉晴夫 著
講談社ブルーバックス
ISBN4-06-257523-X
神経繊維やシナプスにおいて、その興奮(活動電位)がどのように伝わっていくのかが書かれた本。
割と重厚というか、中身の詰まった、一冊ほぼ全部を使って興奮の伝わり方を解説した本なので、個人的には興味深く読むことができた。興味があるのならば、良い本ではないだろうか。
必ずしも初心者向けという訳ではないし、最新の知見が書かれているという訳でもないので、ややヒットゾーンは狭いかもしれないが、私としては楽しめたので、これで十分であるとしておきたい。
問題点があるとすれば、主に研究史に沿った説明がなされているのは、体系的な概説と比べれば若干分かり難くなっている可能性があるが、その分、研究史を彩るエピソードが添えられていて、楽しく読める、ということはあるので、収支はトントンというところか。まずまず、こんなものではないかと思う。
興味があるならば、読んでみても良い本だろう。
以下メモ。
神経細胞の細胞膜には、静止状態において細胞内外のカリウムイオンの濃度差によって外側が+、内側が−の電気的二重層ができている。静止膜電位は、約-100mVである。興奮が伝わってくるとこの電気的二重層の電位が低下するが、電位が発火レベルにまで達すると、細胞膜上のナトリウムイオンチャンネルが開き、それまで閉ざされていたナトリウムイオンチャンネルの電気抵抗が減少するために、ナトリウムイオンチャンネルの電気抵抗がカリウムイオンチャンネルの電気抵抗よりも小さくなって、細胞膜における電位差が、細胞内外のカリウムイオンの濃度差に基づく-100mVから、細胞内外のナトリウムイオンの濃度差に基づく50mVへと変化する。このようにして、神経細胞は-100mVから50mVへの活動電位を生じさせる。興奮時の細胞膜には外側が−、内側が+の電気的二重層ができ、符号の逆転によって、ナトリウムイオンチャンネルが閉じられ、また他の静止状態にある細胞膜へと興奮が伝わっていく。
・電気ウナギ等の発電魚は、この150mV程の電位差をいくつも連ねることで、大きな電圧を得ている。
・神経繊維の興奮は、細胞膜内外にある電気的二重層を通して伝わっていくが、脊椎動物においては、神経繊維は髄鞘によって包まれているので、興奮は髄鞘が途切れている部分(ランビエ絞輪)を跳躍することによって、高速に伝えられる。
テトロドトキシンはナトリウムイオンチャンネルに結合して活動電位の発生を阻害するので、ナトリウムイオンチャンネルの同定はこれを利用して行われた。
シナプスにおける伝達物質は、シナプス顆粒に入れられ、シナプス顆粒はシナプシンにより相互に結合しているが、活動電位が伝わってくると、カルシウムイオンチャンネルが開き、流入したカルシウムイオンによってこの結合が解かれる。解放されたシナプス顆粒は熱運動によって細胞膜に衝突融合し、伝達物質がシナプス間隙に放出される。伝達物質は、興奮時でなくても、(シナプス顆粒が結合されているため)小さい確率ながら、放出されている。刺激を受ける側では、後シナプス膜にある伝達物質受容体が伝達物質に結合することで、イオンチャンネルを開き、膜電位を変化させている。中枢神経のニューロン間にあるシナプスでは、前のニューロンの一回の興奮では次のニューロンシナプス電位が発火レベルに達せず、次のニューロンが興奮するにはいくつかの興奮が加重する必要がある。
・複雑なヒトの脳神経回路の研究には、単純な原始的動物の神経回路の研究が必要不可欠であると思われるが、ヒトの脳の研究には研究費が下りても、下等動物の神経の研究には研究費が下り難い。