雑学本

古代オリエントの神々 文明の興亡と宗教の起源』
小林登志子
中公新書
ISBN978-4-12-102523-4
古代オリエントで信仰されていた神々に関する雑学本。
かなり雑多な内容で、これといったテーマや軸になるようなものはない。雑学本で良ければ、という本か。
悪いということはないが、よくもなく。思い入れのある人でなければ、特にということはないと思う。
それでも良ければ、という本だろう。

以下メモ。
古代オリエント地母神は都市を支配する戦闘神であり、その系譜をひくキュベレ女神はカンナエの戦いでハンニバルに大敗したローマに引き入れられた。

行動経済学エッセイ

『愛と怒りの行動経済学 賢い人は感情で決める』
エヤル・ヴィンター 著/青木創 訳
ハヤカワ文庫NF
ISBN978-4-15-050535-6
行動経済学に関する読み物。
感情もそれなりに合理的な判断に導くとか、人間同士の関係性を分析しているとか、全体的な傾向としては確かに何かあるのだろうが、個人的には、テーマというほどでもなく、雑多な行動経済学読み物という風に感じた。行動経済学読み物で良ければ、という本か。
あまり行動経済学の本は読んだことがない人か、逆に行動経済学の本ならなんでもござれという人向き。
行動経済学の本を何冊か読んで、少し違ったものを、という人には向かないと思う。
今は行動経済学の本なんかいっぱいあるわけで、その中で特に本書という売りは薄い。
これはこれでというところではあるのだろうが。
それで良ければ読んでみても、という本だろう。

以下メモ。
・怒りは、少々の利益では転ばないという真摯なコミットメントを示す表現として、優れている。
・愛情に関しても、少々のことでは裏切ったりしないという真摯なコミットメントを示すものである。

半自伝的エッセイ。ではないが

『1971年の悪霊』
堀井憲一郎
角川新書
ISBN978-4-04-082043-9
1970年代初めにおけるカウンターカルチャーとしての左翼的気分を当時中学生だった著者が書き留めた本。
その悪霊が現在までたたっている、というのがタイトルや序章や最終章のテーマではあるが、あまりそういう本とは考えないほうがいいと思う。むしろ、半自伝的エッセイで良ければ、という本か。
本書が必ずしも半自伝的エッセイというわけではないが、当たらずといえども遠からずといったところではある。
それも、転向した元左翼シンパによる左翼的気分批判の本。
ところどころ、読み飛ばしてしまいそうなところに面白い論考がいろいろあったので、私としては面白かった。
それで良ければ、という本だろう。

以下メモ。
・名もなく貧しい若者は自己犠牲くらいしか差し出すものはない。
・70年代初頭の学生運動も、特攻した40年代の若者と通ずるまじめな思想であり、それを吹き飛ばしたものとして軽薄なバブル文化は再評価されてよいのではないか。
・若くして死んでしまってもいいと考えていた者が生き延びたのなら、70歳のロッカーがかっこいいなどと言わずに、生き延びたことをもっと考えたほうがいい。

家庭の医学的な

『免疫と「病」の科学 万病のもと「慢性炎症」とは何か』
宮坂昌之/定岡恵 著
講談社ブルーバックス
ISBN978-4-06-514434-3
慢性炎症が関連している病気について書かれた本。
それらの病気について原因や治療法がまとめられたもので、家庭の医学という以上のものはあまりない。それで良ければ、という本か。
それなりに面白いし、最新の治療法が紹介されてはいるのだろうし、説明の都合上免疫機構についても詳しくは書かれているのだろうが、これといった売りには弱い。
それでも良ければ、という本だろう。

ちゃんと勉強する人向け

『今日から使える物理数学 普及版 難解な概念を便利な道具にする』
岸野正剛 著
講談社ブルーバックス
ISBN978-4-06-514213-4
物理数学の副読本。
読み物ではなく副読本なので、教科書片手にきちんと勉強する人がその合間に読むような本か。そうしたもので良ければ、というもの。
読み物とか、片手間に読んでどうこう、という本ではない。
微積分の基礎からちゃんと学んで、練習問題もちゃんとやって、という人向け。
副読本としては、それなりに読みやすいし新書サイズだし、価値もあるのだと思う。
そうしたもので良ければ、という本だろう。

仮説というよりは

『海と陸をつなぐ進化論 気候変動と微生物がもたらした驚きの共進化』
須藤斎 著
講談社ブルーバックス
ISBN978-4-06-513850-2
海洋性哺乳類の発達に関する著者の説を書いた本。
仮説自体は、どうにも、という感じだが、それに関連することがいろいろと書かれているので、それなりには楽しめるかもしれない。それで良ければ、という本か。
仮説は、漸新世に南極とオーストラリアが分かれると、南極の周囲を南極還流が覆うようになり、暖流が南極大陸まで届かなくなって、氷床が発達し、地球が寒冷化した、寒冷化した地球の海では、冷たい海底の水と温かい表層の水が入れ替わる湧昇が頻繁、不定期に起こるようになるが、珪藻、特にその中のキートケロス属は、栄養塩が少ない時期に休眠胞子を作り、湧昇によって栄養塩が補給されたときに素早く対応することで、この環境に適応し、海洋における一次生産者である植物プランクトンのうち、渦鞭毛藻や円石藻に代わって大いに繁栄した、珪藻が繁栄することで、珪藻を食べる動物プランクトンや、さらにそれを食べる生き物たちも繁栄したはずであり、さらにそれらを捕食するクジラやアザラシなどがこの時代に進化したのは、珪藻が繁栄したおかげである、というもの。
時代が合っているという以上の根拠はない上に、その時代が合っているかどうかもかなりあやふやで、個人的には、どうにもというところではあった。
現状では思い付きの域を出ていないと思う。
それでも良ければ、という本だろう。

あまり分かりやすい本ではない

百姓一揆
若尾政希 著
岩波新書
ISBN978-4-00-431750-0
百姓一揆が表象している近世の政治思想を探ろうとした本。
表象という、そういう分かりにくい本だし、はっきりした結論めいたものもなくグダグダしているので、あまりいい本だとは思えないが、そういうものでよければ、という本か。
百姓一揆の実態に迫った本ではなく、むしろ百姓一揆物語について書かれたもの、と考えたほうがいいが、それが主題ではない、というのが困ったところ。
そういうグダグダした本ではある。
内容的に、悪いともいえないが、よいともいえない。
ある物語類型が流行った背景にはその物語類型が象徴している思想があるのだろうから、特定の物語があるから云々、ということはあまり言えないのではという気はするが。
それでも良ければ、という本だろう。