『分子進化のほぼ中立説 偶然と淘汰の進化モデル』

太田朋子 著
講談社ブルーバックス
ISBN978-4-06-257637-6
分子進化のほぼ中立説に関して書かれた本。
基本的にはかなり分かり難い本で、「ほぼ中立説」を紹介・解説したもの、というようには考えない方が良い。書いていることが分からない、というのでは必ずしもない(だからといって簡単でもない)が、書いてあることが何故そういえるのか、ということが、余りにもよく分からない。
一般向けというのではなく、分子生物学の学徒向け、という本か。既によく分かっているはずの同僚や研究生に自分の説を披露して、関連の話題を叙述したもの、という感じの本なのだろうと思う。
いろいろと面白いことが書いてあるのだろうし、それこそ著者の同僚や研究生といった、楽しめる人には楽しめるのだろう。
教科書で良ければ、というところか。
一般向けの本では、全然ない。

以下メモ。
・ある遺伝子座における対立遺伝子の頻度は、自然淘汰の影響を受けるにしても、個体数は無限ではないので、実際には、偶然によって左右される(ドリフト)。どんなに生存に有利な突然変異が現れたとしても、その親が一人の子供しか残さなければ、有利な遺伝子はその時点で二分の一の確率で消えてしまう。
・ドリフトの効果によって、突然変異はある確率で淘汰とは関係なく集団に固定する。
・分子レベルでの進化の多くは、淘汰に有利でも不利でもない中立の突然変異がドリフトによって偶然広まったのだ、というのが、分子進化中立説である。中立説は、生物種間における分子の相違がその生物種が分岐してからの時間の経過によく比例するという、分子時計の概念をよく説明する。
・中立説には、分子時計が世代の長さに余り関係せず時間に比例するのは何故か、などの問題があった。ドリフトの効果は世代ごとに現れるから、中立の突然変異によって分子時計が成立するなら、分子時計は世代の数に比例しなければならない。
・そこで著者は、自然淘汰に対して弱有害の効果を持つ突然変異が多く存在する、というほぼ中立説を提唱した。弱有害効果を持つ突然変異は、集団が小さければドリフトによって固定できるが、集団が大きければ大きいほど、自然淘汰の影響によって排除されるため、集団サイズと進化速度には、負の相関が想定される。世代の長い動物は、一般に体が大きく集団が小さいから、分子時計のスピードにおいて世代数の少なさを相殺するだろう。
・小さな島に隔離されたような小集団では、ドリフトの効果が大きくなり、急速な進化が起こりやすいだろう。このような小集団は、小集団なので化石も残りにくい。
・生物の発生過程においてなどでは、遺伝子型が違っても表現型は変わらないことが多い(ロバスト)。またある種のタンパク質においては、そのタンパク質が決まった立体構造を取るのを助けるタンパク質(分子シャペロン)が存在することがあり、形態異常が出にくくなっている。このような場合、ほぼ中立な突然変異は淘汰を受けずに蓄積できる。