『封建制の文明史観 近代化をもたらした歴史の遺産』

今谷明
PHP新書
ISBN978-4-569-70470-8
封建制に関して書かれた本。
簡潔にまとめれば、日本と神聖ローマ、エジプトといったモンゴルに打ち勝ったところには、封建制があり、モンゴルの支配地域であったところはそうならなかったのに、近代化を発展させることができた、封建制については、悪しき旧弊だとする誹謗と再評価とが繰り返し現れている(が、封建制を評価しても良いのではないか)、ということが書かれた本、のように見受けられるが、全体的に、議論が足りず、中途半端な本であると思う。
封建制がモンゴルに打ち勝ったことを論じたいのか、封建制が近代化をもたらしたことを論じたいのか、あるいは、封建制についての学説史を紹介したいのか。
何を主張するのか、そのためにはどのような議論が必要なのか、ということが、殆ど、考えられていないのではないだろうか。
(これらの事柄に、まったく関係がない訳ではない。例えば、ウィットフォーゲルの考えを引いて、モンゴル支配地域にあった強力な官僚制は、近代化を阻害するものである、というようなことを著者は考えているのかもしれないが、それは明確には提示されていないし、その主張が成立する根拠については、もっとお寒い提示しかなされていない)
そもそも、台湾や韓国がほぼ近代化に成功した現在、西欧と日本には封建制があったから近代化したのだ、などという議論が、どこまで重要な議題であり得るか、という点は、大きな疑問ではある。
本書のように歴史の流れを論じたものが私は好みだから、部分的には面白い箇所もなくもなかったが、一冊の本としては、それほど良い本ではないと思う。
特別に薦められるような本ではないだろう。

以下メモ。
元寇を撃退し得たのは神風のおかげである、というのは、疑わしい。
11月に元軍が襲ってきた文永の役は、台風シーズンではなく、冬の玄界灘が本格的に荒れる前に元側が撤退したのだろうし、幕府が防塁を築いた弘安の役では、元軍は上陸すらままならず、そのために船中で台風に遭うはめになった。
・オットー・ヒンツェは、世界帝国が崩壊した時に近隣の氏族が未発達な手段で広大な地域を支配しようとしてできるのが封建制だ、と論じ、それを受けた堀米庸三は、封建制にはそれに先立つ何かしらの国家的統一が必要であり、日本において皇室が存続し得たのはそのためである、とした。