『輸入学問の功罪 この翻訳わかりますか?』

鈴木直 著
ちくま新書
ISBN978-4-480-06342-7
ドイツ哲学の思想書の翻訳に関して、いくつかのことが書かれた本。
モチーフとしては、翻訳の文章が日本語として分かりにくいのは何故か、ということが探求されたもので、全体を巧く直線的につなげれば一つのテーマになりそうな気はしないでもなく、著者の狙いも多分その辺りにあったのだろうが、しかし現状では一つのテーマにはなりきれていないので、一冊の本としては、テーマ的にすっきりとしない、たどたどしい感じのする本か。おまけに、ドイツ哲学の思想書の翻訳を論じている必要上からか、カントやヘーゲル哲学の簡単な紹介も含んでいるので、内容としてもかなり雑多なものになっている。
面白い部分もあるが、一冊の本として、余り良い本だとはいえないと思う。
主要なテーマの一つとして、国家に必要なエリートを選抜、育成するのに使われてきた西洋文明の翻訳文化と、日本における実地の市民社会の日常とが乖離することによって、本来人々に必要とされるはずの翻訳文の分かりやすさが、なおざりにされてきたのだ、ということが論じられていて、竹内洋の変種みたいな感じなので、その辺りの教育社会史が好きで、且つカントやヘーゲルの哲学の簡単な紹介を含んでいても良い、という人向けの本か。あの辺りのうだうだとした本がいけるなら、本書も十分でしょ、とは思う。
そうしたもので良ければ読んでみても、というもの。
すっきりまとまった本ではないので、私としては、特に薦める程のものでもなかった。
以下メモ。
・大正末期の学生新聞にある一高生の寄稿には、国際関係や消費文化を論じたものは殆ど見当たらず、彼らが経済・社会といった市民社会の実践分野からは隔離されていたことがうかがえる。
・頑なな逐語訳への希求は、受験英語におけるそれと軌を一にしている。