『かたき討ち 復讐の作法』

氏家幹人
中公新書
ISBN978-4-12-101883-0
江戸時代の敵討ちに関していろいろなことが書かれた雑学読本。
基本的に、よくある江戸読み物、と考えて間違いないが、事例もそれなりにあるし、割と良質の江戸読み物といっていいのではないだろうか。
私はこの著者の本は何冊か読んでいるが、その中では上位に来る出来栄えだと思う。
後は、ありがちな江戸読み物なので、特に述べておくようなことはない。江戸読み物が好きな人や興味のある人なら、購読しても良い本だろう。
以下メモ。
・怨む相手を指名して先に自害すれば、相手を切腹に追い込める習慣があった。
山鹿素行をはじめ、江戸初期には、敵持にはなんとしても逃げ延びることが勧められている。
・幕府によって正式に敵討ちが認められるのは、父や兄等の目上の者のかたきを討つ場合であり、弟や子のかたきを討つのは認められなかった。
・合戦や敵討ちに明け暮れた戦国から江戸初期の人々は、殺されるのは非業の死であり畳の上で死ぬことをよしとするような現代の死生観とは、異なる死生観を持っていたのではないだろうか。

クリスマスとセックスの関係についてのメモ書き。

私はキリスト教を信仰していた時期もあるのだけれど「クリスマスにケーキを買ったりデートしたりする具体的な理由」は知らないし、検索しても出てこないんで教えてくだちい。

http://d.hatena.ne.jp/ululun/20070327/1174987584

クリスマスを冬至の祭りであるとすると、近代以前の太陽信仰社会においては、冬至は太陽や太陽が司る穀霊、精霊が再生する日であって、世界各地で聖婚儀礼が行われていたのだから、冬至であるクリスマスに、新たに太陽を産み出すための生殖行為が営まれるのは寧ろ自然なことである、という発想はすぐに思い浮かぶが、日本人一般がクリスマスを冬至として理解しているか、という問題と、聖婚儀礼は通常王族や支配者層が行うものであるのに、現代日本においては一般庶民が行うのは何故か、という問題があり、直接結び付けるにはまだちょっと距離があるだろうか。
前者については、勤労感謝の日がずれてしまったので、冬至に当たる祭りがなくなってしまった、ということで逃げることができそうだ。正月は、長い間立春正月だった訳だし、平成の御世でも天皇誕生日というのは不敬罪のそしりを受けかねないだろう。
後者はどうするか。花魁と遊ぶのは聖婚儀礼だ、という話でも持ってくるのだろうか。