『評伝 斎藤隆夫 孤高のパトリオット』

松本健一
岩波現代文庫
ISBN978-4-00-603154-1
斎藤隆夫について書かれた本。
評伝といえば評伝だが、政治思想史的な観点から著者が斎藤隆夫について語ったもの、と捉えた方がより穏当な本ではあろうか。
純粋に第一義的には、斎藤隆夫について知りたいという人よりも、この著者のファンの人が手に取るような本ではあると思うが、そうしたもので良ければもとより良い訳だし、そうでなくても、斎藤隆夫について書かれたものは余りない、ということなので、興味があるのならば、読んでみても、という本か。
斎藤隆夫が軍部に反対する演説をして議会を除名されたことは知っていてもそれ以上のことは知らなかったので、読んでみたのだが、粛軍演説と反軍演説の二つがある、ということも認識していなかった私には、結構面白い本だった。
二・二六事件の後、三月事件や十月事件をうやむやで済ませたのが間違いの元だと軍を批判したのが粛軍演説。日中戦争について、現実の見通しもなく「聖戦の美名に隠れて」だらだらと戦争を続けている、と批判して、議会を除名されたのが、反軍演説)
欠点としては、全体的に、余り論理的な構成感がないような気がする。斎藤隆夫が惑溺から自由だったとする根拠が述べられていない、とか、鳩山一郎浜口雄幸を倒すために統帥権を持ち出したことを著者は批判しているが、斎藤隆夫がそのことをどう思っていたのかは余り詳らかではない、とか、リアリストの斎藤隆夫と、ロマンティストの北一輝中野正剛とを分けるものは何か、というモチーフを著者は設定しているものと考えられるが、その結論は私にはさっぱり分からなかった、とか。
だから、必ずしも良い本だとまでは評価できないが、いろいろと興味深くはあったので、一応それなりの本であるのではなかろうか。
興味があれば、読んでみても、というところだろう。
以下メモ。
・憲政会を代表して普通選挙法の制定を求めた斎藤隆夫は、時期尚早だとする原敬が民意を問うた解散総選挙で落選している。
・反軍演説は、速記録からの削除の決定が遅れたため、地方版の新聞には全文が載った。
(ちなみに、解説子は演説内容は正確に報じられなかったと書いているが、本書における記述ではこうなっている)
斎藤隆夫は、除名される前、議員辞職を求める民政党幹部に同意したが、党側が、自らセットの条件とした議長の辞任を飲むことができなかったので、流れた。この時の幹部会の使者は、小泉又次郎と俵孫一(小泉孫太郎の曾祖父と俵孫太郎の祖父)。
・斎藤の除名は、新党運動の中で行われており、除名二日後の3月9日に衆議院で「聖戦貫徹決議案」が可決され、3月25日には、民政党を除く各派議員によって「聖戦貫徹議員連盟」が結成されている。「聖戦貫徹議員連盟」は6月11日、各政党党首に解党を進言し、大政翼賛会へと進んでいった。