『徳政令 なぜ借金は返さなければならないのか』
早島大祐 著
講談社現代新書
ISBN978-4-06-512902-9
室町時代の徳政令について書かれた本。
基本的には結構面白かった。やや浅い気はするが、興味があるならば読んでみてもよい本か。
浅いというのは、本書に対する違和感がふたつあって、ひとつは階級闘争とか民衆とかいったマルクス主義史観をうまく脱構築できていない感じがすること、もうひとつは個々の事件に対して揺さぶられすぎではないかと思うことで、そのふたつの共通点として考えるに、深くないのではないだろうか。
あるいは著者はマルクス主義者なのかもしれないが、いまどきマルクス史観なんかは先行研究の先行研究を咀嚼せずに持ってきているだけなのだろうし。
それから、近江最南端の甲賀郡と伊勢中央の一志郡では、鈴鹿山脈をはさんでいるとはいえ遠く離れているとはとてもいえないだろう。
そんなこんなだから、しばらく待てばもう少し奥深い解釈が出てくるのではないかという気はするのだが、現状の研究でよければ、こんなものなのか。
そうしたものでよければ、という本。
興味があるならば読んでみてもよい本だろう。

以下メモ。
・幕府法、公家法、寺内法、在地の慣習法などが並列に存在した中世では、訴訟においては自分の利になるものを持ってくるのが当然だった。
・土倉は、元は荘園代官層が預かった年貢の運用先として貸付を行っていた。
・十五世紀の初頭にかけて在地領主が担っていた地域金融が危機に瀕すると、土倉が大きく躍進する。
土倉はこの時期の室町幕府の財源を担うほどになったが、躍進の反動として徳政一揆が起こり、勢力を失った。
幕府は財源不足を補うため、上納によって徳政したり徳政令からの除外を認めた分一徳政令や、借金した兵士層を利するための徳政令を連発するようになった。
頻繁に出される徳政が信用関係を破壊し、貸付が必要な場合に大きなコストを強いるようになったため、中世社会は徳政令を出さない強力な政権を望むようになった。