『量子力学の解釈問題 実験が示唆する「多様性」の実在』

コリン・ブルース 著/和田純夫
講談社ブルーバックス
ISBN978-4-06-257600-0
量子論多世界解釈について、書かれた本。
基本的に、量子論についてある程度の知識がある人向けに、多世界解釈の利点を説いたもの、と考えておけば良い本か。
殊更に悪いということはないので、そうしたもので良ければ、読んでみても、という本だと思う。
利点を説いているだけなので、反対派には別のレトリックがあるだろうこと、量子論についてのある程度の前提知識が必要だというのは、私としては寧ろそうしてもらった方がありがたいとはいえ、現実には前提知識があっても必ずしも簡単とはいえないだろうこと、から、特別な本だとまでは思わない。
ベルの不等式についての説明は、訳注を加えてさえ、私には完全には分からなかったし、量子コンピュータに関して書かれた章は、意義がよく分からない上に(量子コンピュータ多世界解釈を証するものではないし、多世界解釈によって量子コンピュータがより深くあるいはより簡単に理解できるというものでもないだろう)、量子コンピュータについて何も知らない人が量子コンピュータについて理解できるような内容では全然ないと思う。原著の記述をかなり削っているらしいので、難しいのはそのためかもしれないが、削るのなら寧ろ量子コンピュータに関する章だったのではないだろうか。
(同じ偏光角度を持つようエンタングルされた二つの光子の片方を偏光フィルターに通し、その後、もう片方の光子を最初の偏光フィルターからは6度回転させた偏光フィルターに通す時、最初の偏光フィルターを通過(または反射)した段階で、もう片方の光子の偏光角度が決定するので、最初の光子が偏光フィルターを通過した時にもう片方の光子がその偏光フィルターから6度回転した偏光フィルターを通過する確率は、約99%(cos^2θ)であり(ここまでは分かる)、エンタングルされていない光子の場合は、偏光フィルターは90度回転させると結果が逆になるのだから、角度を様々に設定してその平均を取れば、確率は84/90になるので、84/90<99%がベルの不等式である、というのだが、さてこの84/90というのは、一体何の確率を示しているのだろうか)
ただ、量子論に関する読み物としては、特別に難しいという程ではないので、量子論に関する一般向けの読み物をそれなりに読んできている人なら、こんなもの、というところだと思う。
そうしたもので良ければ、読んでみても、という本だろう。
以下メモ。
・例えば、一対の光子を生成させた時に、生成した二つの光子の偏光を一致させることができるような場合がある。この時、二つの光子の間の関係をエンタングルメントといい、アインシュタインがEPRパラドックスで論難したように、片方の光子の偏光角度が観測されれば、その瞬間に、もう片方の光子の偏光角度も分かる。
・十分に多くの次元を持つ空間(ヒルベルト空間)ならば、システムの状態を1点で示すことができるが、ヒルベルト空間の点の重ね合わせを考えた場合、システムの構成要素が強く相互作用をすると、同時に実現する確率が高い構成要素のセットが持続的なパターンとして出現し、異なる持続的なパターンは互いに影響を与えなくなる(デコヒーレンス)。量子論における状態の収縮は、デコヒーレンスが発生した結果として、捉えられ得る。
・この場合、観測による状態の収縮は、デコヒーレンスによって分岐した持続パターンの一つを後から見ているだけになるので、相互作用した(エンタングルされた)別の量子の状態が、特殊相対論の限界を越えて決定されるというEPRパラドックスは、発生する訳ではない。
・確率が何を意味しているかは、多世界解釈にとって大きな問題である。